「大東亜論 第二部 愛国志士、決起ス」の中で、僕の心にひときわ焼きついているのがこの一節。
画像引用:大東亜論 第二部 愛国志士、決起ス
投獄されていた奈良原至ら少年志士を救うため、責任を一人で被った武部小四郎が、斬首のため連行される途中に、絶大な気合を込めて少年たちに放った咆哮を思い出しながらの述懐です。
この「臓腑(はらわた)の腐り止め」という言葉。人生の中で日々にかまけるうち、つい志やバランス感覚を崩してしまいそうな時、そこから脱するための原動力になるもの。
それは極めて爽快な面もありつつ、決して心地よいだけではない。むしろ、堕落へと向かいそうな自分の喉元に刃をつきつけ、覚悟を新たにさせるような存在です。
僕にとってのゴー宣シリーズは、まさにこの「臓腑の腐り止め」となっています。
「差別論スペシャル」は、死ぬまで決して消えはしないであろう自分の中の差別心と向き合い続ける大きな契機となり
「脱正義論」は、地に足の付いた庶民として、ニヒリズムにも運動への埋没にも陥らないバランスを模索するのに(特に「愛子さまを皇太子に」へと深く関わっているここ最近は)その内容を思い出さない日はありません。
「戦争論」で先人たちの姿、思いを知れば知るほど、「私」に埋没しながら、脆弱な「個」から「公」への連なりに四苦八苦して彷徨う(もちろん自分自身を筆頭に入れた)現代の日本人に暗澹たる気持ちになったり
「新・堕落論」は、2018年の発刊でありながら「堕落としてのコロナ禍」までをも含めたあらゆる示唆に富んでおり、うっかり読み始めてしまうと読後も思案に耽ってしまう、まことに「時間泥棒」な一冊です(笑)
挙げていったら、一冊ごとじゃなく一話一話について、あと30年ぐらいはブログネタに困りませんが(笑)
特筆しておきたいのは、ゴー宣シリーズの各書を何回も読み返すのは、内容を教条的に覚えるためではありません。
論説だけでなく、絵を見る事による右脳への刺激を含め「思想する触媒」になっているんです。
思想とは、固定された内容の暗記ではなく、あらゆる物事に触れながら「心に血液や養分をめぐらせる生体活動」だと思っています。
「腐ってしまった」臓器とは、血液や養分がめぐらず機能しなくなったものに他なりません。
自分にとって、あらゆる思想の触媒となっているゴー宣シリーズは、まさに「臓腑の腐り止め」そのものです。
さあ、そして今日2023年6月15日は、
ついに「愛子天皇論」の発売日!
この半年間のSPA!連載だけでなく、セレクトされた収録先品、そして綿密な付録。今日はまだ仕事が山積しているためざっとしか見られていませんが、初めて皇統問題に関心を持った人も多くの事を知り、考えることのできる究極の一冊になっていると思います。
もちろん、男系男子固執論者を決定的に窮地に追い込むパワーを持っていると思いますが、それと同時に自分自身にも
「愛子天皇を戴く資格のある未来の日本を作るため、お前には何ができる?」
という声が、心の奥底から響いてきます。
「愛子天皇論」も、一生の「臓腑の腐り止め」の一冊になるでしょう。
目の前には色々なものが山積していますが、まずは7/23の「愛子さまを皇太子に」
もう、これしかないでしょう!
画像引用:大東亜論 第二部 愛国志士、決起ス